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私は自他共に認める(多分)ゲーマーでした。
18歳くらいまで・・・。ファミコンもパソコンもアーケードも何でもござれでした。

現在はほとんどゲームはやらない体になり、久しぶりにやったNintendoDs版 魂斗羅も1面で即死
というありえないほど衰えていたことにショックを受けました。
小学校時代にファミコン全盛期だったのですが、当時のゲームは今考えると理不尽なくらい難しく、
そしてそれを軽々こなしていたなぁと思います。
魂斗羅なんて一機も死なずクリアがあたりまえだった当時の私や同級生たちのファミコンレベルは
高かったみたいです 苦笑。

ゲームセンターCXでファミコンをプレイするよいこの有野氏が余りにへたくそすぎていらいらした
くらいです。そんなファミコン野郎だった私にとってあつい記事が日経トレンディに掲載されました。

(※本記事は「日経エレクトロニクス」1994年1月31日号~1995年9月11号で不定期に連載した「ファミコン開発物語」を再掲載したものです) とのことです。
当時の人々はハードウェア技術者であり、ソフトウェア技術者であった。
まず構成を考え、回路図を書いて、そして設計し、ソフトを作る。
私が技術屋として最高にあこがれる人々の物語です。

予断ですが、皆様は四角いA、Bボタンのコントローラーを持ったファミコンをしっていますか?

私はかろうじて知っているのです。当時幼稚園だった私の友人が持っていたファミコンがまさにそうでした。そしてまさにボタンが戻らないボタンでした 笑。

懐かしいゲーマーの日々が思い出されます。
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Live in Tokyo
Year of Birth : 1978
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